スイスアーミーナイフを一本選ぶとしたら何処にポイントをおけばよいのでしょう。実は選ぶ基準はその人それぞれ、人に薦められたモデルを買ってもきっと後悔します。基準はあくまでも自分だと考えましょう。
わたしはある一時期(20年ほど)スイスアーミーナイフを販売する側におりました。それはこちらのブログで何度かお話ししました。わたしがその20年間でお客さんに一貫して言っていたのは《それをどんな場面で使うのか》という事です。つまり目的ですね。自分にとって考えられるシチュエーションを想像してもらう事から始めました。
ナイフは使いますか?
缶切りは?
栓抜きは?
ドライバーは?
プラス?マイナス?
ノコギリは?
ハサミは?
ウロコ落としは?
プライヤーは?
ルーペは?
時計は?
ボールペンは?
・・・etc
スイスアーミーナイフはいわゆるマルチツール、多機能ツール、古い言い方をすれば万能ナイフとか十徳ナイフ。基本のナイフブレードに様々なツールを足し引きして組み替えた各モデルがラインアップされています。
スイスアーミーナイフを選ぶポイントの一つは《自分が必要だと考えるツールはどれか》を考えることです。
そこで先ずカタログやメーカーのwebサイトなどから自分が必要と考えるツールを搭載したモデルを幾つか候補に挙げます。最初から一本に絞らずハンドルの色の違いなども含めて複数ですよ。
次にそれら候補に挙げたモデルには自分が必要とするツールと、その他にどんなツールが組み込まれているのかを確認します。そして、、
候補に挙げたモデルの中から一番ツールの数が少ない物を選びます。
ツールの数が一番少ないと言ってもあなたが候補に挙げたモデルですから必要なツール(機能)は含まれています。ご安心を。結論は、必要最低限の機能・ツールを搭載した一本を選ぶということです。ここで割り切って考えるべきは、想像と想定をしすぎないことです。もしかしたら、万が一、を考えずに自分が今本当に必要とするツール、日常でもキャンプでもトレッキングやデイハイクでも自分が使うと考える機能、そのツールに絞ります。欲張ってはいけませんよ。
スイスアーミーナイフは基本をナイフブレード一枚とすれば、機能が増えるごとにツールの枚数も増えていきます。
* 同じウェンガーでもツールの枚数によって本体の厚みが変わってきます。手前のソルジャーはツール枚数は4枚で2列に収まっています。奥のバルダンはツール枚数9枚で5列になっています。当然、奥のバルダンの方が厚みが増します。
缶オープナーやボトルオープナーの様に一枚で複数の機能を持つツールもありますが、殆どのツールは一枚で一つの機能に特化した作りであり機能を一つ増やせばその分ツールの枚数も増え、結果本体の厚みや重さも増えてしまいます。
* 厚みが増すとナイフのブレードの位置も変わります。この写真では左のソルジャーのブレードはほぼセンターに位置し、右のバルダンは右の端に寄っています。このツール枚数による厚みの違いでブレードの位置が変わってきます。
いくつかの候補の中から選んだ自分だけの一本、しかしその中には自分にとって不必要なツールも含まれているかもしれません。こればかりは自分自身で必要なツールだけをビルドアップしてゆく製品ではないので仕方ありませんね。私が現在使っているモデルにも私自身があまり必要ではないと感じている(個人的な用途から見て)ツールが含まれています。
わたしの場合、コルクスクリューがそれに当たります。私自身これを使う機会は年に何度かだけです。人によっては頻繁に使うかもしれません。私はここにフィリップスドライバーを装備したモデルを多く使ってきました。
逆にこのリーマー( awl とも言う )は穴開けツールとしてクラシックシリーズやカードタイプなどをを除く殆どのモデルに装備されています。これはネジ釘の取り付けの際や、粘着テープのカット、蚊取り線香立てにも利用出来ます。私にとってはコルクスクリューと比べると圧倒的に使用頻度の高いツールです。
さて、次はサイズ面から選んでみましょう。もしかしたらここが最初の一歩かもしれません。たとえばビクトリノックスには大きく分けて3つのサイズ分けがあります。更にカードタイプや特定のスポーツや目的に特化したモデルもありますが、ここでは代表的な3つのサイズから選ぶことを考えます。3つのサイズのうち一番大きなサイズグループは軍用の制式モデル(現用)を含めたロック付きブレードを装備したラージサイズモデル群です。そして、最もモデル数が多いオフィサーサイズと呼ばれるグループ、そしてクラシックと呼ばれる最も小さなモデル群です。メーカーでは単にラージ・ミディアム・スモールと分けています。
* 奥からラージサイズ、オフィサーサイズ(ハンドルサイズ91mm)、クラシックサイズ。この他にオフィサーサイズとクラシックサイズの間にハンドルサイズ84mmのオフィサーサイズより一回りコンパクトなサイズもあります。
* ビクトリノックスのオフィサーサイズ(左)とウェンガーのオフィサーサイズ(右)は若干サイズに差があります。ビクトリノックスのティンカー(ハンドルサイズ84mm)に代表されるシリーズはこのウェンガーのオフィサーサイズに近い大きさです。使用上は殆ど変わりありません。
* スイス軍正式を含むラージサイズモデルはナイフブレードにロックと呼ばれる固定機能が付いています。これはブレードを開き切ると同時に内蔵されたパーツがブレードを固定(ロック)する仕組みです。ブレードをロックする目的はナイフを使用中に誤ってブレードが畳まれて怪我をしない様にする安全策です。
ラージサイズを選んだあなたはナイフブレードの開閉に慣れる必要があります。
開くのは誰でもできるとして、ブレードを畳むのは初めての人にはなかなか難しいかもしれません。わたしは販売側にいた経験上、その人がナイフの扱いになれた人かどうかは実際にブレードの開閉をしてもらうとすぐにわかります。先に書いたようにブレードを開くのは簡単です。ネイルマークと呼ばれる溝に親指の爪を引っ掛けて起こせば済むからです。しかし、ブレードにロックが掛かるタイプでは開いたブレードを畳む時に先ずはロックを解除しなければなりません。この扱いが慣れている人とそうでない人を左右します。
ロック付きのナイフに慣れていない人はたいていの場合、先にブレードを畳もうと力を加えつつ、同時にロックを解除しようと試みます。しかし、それではロックは外れませんし、万が一外れた場合は相応の怪我をします。こちらのブログで何度も書きましたが、ナイフのブレードロックはドアのロックと同じです。私たちはドアを開く場合、無意識のうちに先にドアノブを回してからドアを押したり引いたりしています。力いっぱい押したり引いたりしながらドアノブを回す人はいません。もし、ドアに有りったけの体重をかけつつ同時にドアノブを回したら、、予想はつきますね。ドアノブのロックが外れた瞬間、ドアは凄い勢いで開放されます。ナイフの場合も同じです。
ロック付きのブレードを畳む時は、
① 最初にロックを解除する為にロックバーやライナーと呼ばれるパーツを操作します。この時にブレードを畳もうとしてはいけません。あくまでドアノブが先です。ロックが解除されるとブレードははじめて畳める状態となります。
② 次にロック解除の状態を維持しながらブレードを畳みます。
もう一度、説明すると、ロック付きブレードを畳む場合は、、先ずロックを解除する操作を行い、その状態を維持しながら最後にブレードを畳みます。
そして、注意。ブレードを畳む際にブレードが通るライン上には絶対に指を置いてはいけません。ドア枠に指を置いたまま閉めるのと同じです。指は確実に挟まれます。
扱いになれた人はこれを機械的にやってのけます。私たちがドアノブを回し開けるのと同じ様に。体が覚えているのです。慣れない人ほどブレードを畳もうと力を入れつつロックを解除しようとします。慣れない人ほど順序が逆なのです。万が一この状態でロックが外れたら、、わたしはそれを何度も見てきました。『わかってる』と言いながらブレードを畳もうと力を加えてロックを外した人たち。事前に目の前でやって見せても『わかってる!』と言っては見事に指を切っていました。その人たちは実は何もわかってなかったのです。
* ビクトリノックスのラージサイズに搭載されたロックシステム。上はライナーロックと呼ばれるもので、薄いプレートを横にずらしてブレードを畳みます。下はスライド式で四角いボタンの様なバーを手前に引きロックを解除します。
長くなりましたが、スイスアーミーナイフのラージサイズモデルを選ぶ人はこのロック解除の操作を機械的に出来る様になる必要があります。最後にコツを一つ。
開いたブレードを畳む時は、利き手でハンドルを握りロックを解除、その時もう一方の手でブレードを押さえておきます。けっして畳もうとしてはいけません。ただ、指で挟むようにするだけです。
そしてロックを解除したらブレードではなく、利き手に握ったハンドルの方を畳むのです。刃を畳むのではなくハンドルを畳むのです。こうすれば指を挟むことはありません。
さて、ここまでを要約すると、、
スイスアーミーナイフを選ぶ時は、
●大きく分けて3つのグループからサイズを決める
●自分の目的に合ったツールが搭載されたモデルをいくつか選ぶ
●その候補の中から最もツール枚数の少ないモデルを選ぶ
人からこれは便利ですよ〜なんて言われて買うと実際には使う機会がないツールばかりだったと後の祭りになることもあります。ここはあくまで頑固なまでに自分の目的に沿って選ぶことが大切です。
わたしの場合、フィリップスドライバーはかなりの頻度で使います。
リーマーもネジ釘を打つ前に必ず使います。
缶オープナーは別の用途で使うことが多く、先端部のマイナスドライバーで粘着テープなどを切り裂きます。これを使うことでナイフブレードにテープの糊が着いて切れ味がガタ落ちするのを防いでいます。
使う使わないは別として、キャンプやデイハイクにはノコギリ付きのラージサイズモデルを持っていきます。
わたしの場合、基本はやはりナイフブレードです。これが一番使うツールだから。そして、缶オープナーとボトルオープナーも基本、その先端部はマイナスのドライバー。今の時代、それらをオープナーとして使うことは稀ですが、わたしの場合これらの先端部に設けられたマイナスドライバーで粘着テープをカットしたり、ステープラーの針を外したりします。これにリーマー(穴開け)とハサミがあれば問題なしです。普段使いはこの位に留めて、キャンプやデイハイク用にはノコギリとロック付きのブレードが装備されたものを加えます。そして、日常的に持ち歩く一番小さなクラシックシリーズを一本。わたしの場合はこの三種で間に合います。
スイス軍の制式だったウェンガーのソルジャー。昔はスイスアーミーナイフといえばこれのことでした。通常のオフィサーモデルよりも分厚いブレードと缶オープナー、ボトルオープナー、その先端部のマイナスドライバー、リーマー(スパイク)、ランヤードリング、と必要最低限のシンプルなツール立てです。
こちらは今はなきウェンガーのバルダン。カラビナが装備されており携行に便利。ハサミも付いております。普段使いには十分。私は数年前からこれを愛用しています。
目的に合わせたツールを選ぶということの中にはナイフブレードのサイズを選ぶという事も含まれます。例えば木を削りたいと考えて一本選ぶとしたら、クラシックシリーズを除く2つのグループから選ぶでしょう。
確かにクラシックシリーズのブレードでも木は削れますが、それより大きなサイズのブレード群を選んだ方がはるかに作業がはかどります。また食材をカットしようと思うならラージサイズかオフィサーサイズのブレードの方が簡単です。勿論、クラシックシリーズでもカットは可能ですがかなり無理がありますね。ウケ狙いなら別ですが。
ラージサイズのブレードには開いた状態でロックが掛かります。上から指を添えて押し切りする時など不用意にブレードが畳まれなくて安全です。また、ブレードの長さと丸洗いできるメンテナンス性を活かした食材のカットも得意です。もちろん、木材に対する切れ味も抜群です。
ビクトリノックスでの比較
ラージサイズモデルとオフィサーサイズのブレード長。普段使いにはオフィサーサイズで十分。よく切れます。
オフィサーサイズとクラシックシリーズのブレード長の比較。クラシックシリーズのブレードも切れ味は変わらず良いが、木を削ったり太いラインを切ったりダンボールをカットしたりするにはサイズが小さすぎます。これは糸を切ったり封書を開けたり、私は腕時計のバネ棒外しにも使います。適材適所ですね。
私はこれまで何本のスイスアーミーナイフを使ってきたでしょう、、20歳で初めて買ったスーベニアというモデル以来、記憶にあるだけで10本以上。現在日常的に使っているのは2〜3本です。
この20年近くデニムのポケットに放り込まれ日常的に使われてきたビクトリノックス。クラシックシリーズのなかでも太めのミニチャンプDX。レターオープナーとして使うナイフ、爪切りができるハサミとヤスリ、爪楊枝とトゲ抜き用のピンセット。必需品です。
今はなきウェンガーのバルダンは数年前に一度紛失。その後たまたまリセール品で見つけたものを買いました。ナイフ自体はビクトリノックスに比べて切れ味はイマイチなのですが、カラビナの使い勝手が最高です。こんなにゴロンとしたナイフはポケットクリップよりカラビナが使い良いです。
ビクトリノックスのラージサイズモデル。アウトライダーの新旧二本。これは普段は自宅使いですが、キャンプやデイハイクには必ず持ち出されます。長いブレードやノコギリを活かしたアウトドアワークからハサミで小ネギを刻んだり食材カットにも便利です。
私のスイスアーミーナイフ歴で最も新しい一本。ツールはナイフブレードのみ!ワンハンドで開閉できるシンプルなキレモノ。自宅では毎日ズボンのポケットにクリップされています。
さて、自分の目的に必要なツールは何かを考え、いくつかの候補から選んだ一本。それをどう使いこなすか、ここがとても大切なポイントです。スイスアーミーナイフの様な多機能ツール(レザーマンや他も含めて)を使いこなす秘訣は一つ一つのツールをどんな場面でどんな風に使うのかを日頃より想像しておくことです。イメージトレーニングです。これはやればやるほど効果があります。それをやっていると、必要な時にサッと取り出しパパパっと使える様になります。このイメージトレーニングをしないまま持っていても本当に必要な時にそれに役立つツールの存在が浮かんできません。普段から手にとってツールを出したり引っ込めたりしながらイメージトレーニングをしておけば、アメリカのテレビドラマ(マクガイバー)とまではいかないまでも、本来の使い方を超えた別の使い方も生まれてくるかもしれません。スイスアーミーナイフはユーザーの工夫とアイディア次第で様々な可能性を秘めた道具箱なのです。
ponio
*ビクトリノックス・ティンカーが右)とウェンガー・バルダン(左)
どちらも日常的に使われまくっているスイスアーミーナイフです。ティンカーは20年ほど前に買ったもの。最近、非常持ち出し品の中から引っ張り出して研ぎ直しオイルアップして現役復帰。